花神





読み:かしん
主な登場人物:大村益次郎
ジャンル:歴史小説
時代:幕末
巻数:上中下

幕末、長州に彗星のように現れた天才戦略家、大村益次郎の劇的な生涯を描いた長編

内容
(上)周防の村医から一転して討幕軍の総司令官となり、維新の渦中で非業の死をとげたわが国近代兵制の創始者大村益次郎の波瀾の生涯を描く長編。動乱への胎動をはじめた時世をよそに、緒方洪庵の適塾で蘭学の修養を積んでいた村田蔵六(のちの大村益次郎)は、時代の求めるままに蘭学の才能を買われ、宇和島藩から幕府、そして郷里の長州藩へととりたてられ、歴史の激流にのめりこんでゆく。
(中)長州――この極めてアクティブな藩に属したことが、蔵六自身の運命と日本史に重大な変化をもたらしてゆく。”攘夷”という大狂気を発して蛤御門ノ変に破れ、四カ国連合艦隊に破れて潰滅寸前の長州に、再び幕軍が迫っている。桂小五郎の推挙で軍務大臣に抜擢された蔵六は、百姓兵たちに新式銃をもたせて四方からおしよせる幕軍と対峙し、自らは石州口の戦いを指揮して撃滅する。
(下)百姓が武士に勝った。幕長戦での長州軍の勝利は、維新史の転換点となり、幕府は急速に瓦解へとつきすすむ。この戦いではじめて軍事の異才を発揮した蔵六こと大村益次郎は、歴史の表舞台へと押し出され、討幕軍総司令官となって全土に”革命”の花粉をまきちらしてゆく。――幕末動乱の最後の時期に忽然と現われた益次郎の軍事的天分によって、明治維新は一挙に完成へと導かれる。

印象に残った一節
・余談ながら、日本人が、あたらしい文明の型をみたときにうける衝撃の大きさとふかさは、とうてい他民族には理解できないであろう。
~中略~
この時期前後に蒸気軍艦を目撃した民族はいくらでも存在したはずだが、どの民族も日本人のようには反応しなかった。憧憬は危機真理に裏うちされるときに強烈になるものらしいが、この江戸湾頭で蒸気船をみた日本人たちのうち、島津斉彬、鍋島直正、伊達宗城という三人の代表的危機論者が、
――自分もあれをつくろう。
と、戦慄とともに決断したことが、この時機にわきおこったエネルギーのすさまじさを象徴している。

・嘉蔵は小男で、まるい顔に薄あばたがある。蔵六がものをいうたびにペコペコ頭をさげていたが、やがて話が蒸気船のことになると、嘉蔵のなかから卑屈さが消え、堂々と語りはじめた。
(こういう男が尊敬されるような世の中をつくらねば日本はほろびるのだ)
と、蔵六はしみじみおもった。ヨーロッパのことはよくわからないが、日本は人間についての価値観がどうやらまちがっている。

・「原理というものを優先して実在を軽視すればよき智恵も曇る。原理にあわぬからといって実在を攻撃することはいけない」

・「百姓が、武士に勝った」
と、蔵六は政事堂の御用部屋の燈火の下でつぶやいた。その武士も、徳川の譜代大名のなかで最強の伝統があるとされているはずの井伊家と榊原家の武士である。
「井伊・榊原とも、徳川幕府の柱ともいうべき家である。武士道の伝統もあろう。武芸に不熱心であったわけでもあるまい。それがわずか一戦で逃げ散ったのは、器械に負けたのである」

・「お琴、わしはいまから武家をほろぼすいくさに出かける。だから勝栗であれ、するめであれ、武家のシキタリなど、犬猫に食わせてしまいなさい」と、いつになく激しい語調でいった。

・この大麻山攻撃の時期になると、長州兵の蔵六に対する見方が、
――なんだか妙にやることが、あたる。
ということで、ほとんど蔵六を信仰するというところまで高まりつつあった。将と士卒のあいだの理想的関係というものはそういうものであろう。

・蔵六が、かれの同時代人から卓抜していたのは、その計画性にあった。
信じられぬほどのことだが、かれは彰義隊討伐計画をたてるにあたって、江戸の大火の歴史をしらべ、
――どういう条件で大火になるか。
ということを多くの事例からひきだし、それをふせぐ方法を考えたことである。
蔵六は、毎夜、畳の上に江戸絵図をひろげ、紙燭をかかげてそれをながめ、風むきがどうならばどこが焼けるかということをしらべたり、避難民の安全非難場所を予定したりした。

・「ゼロは一万個あつめてもゼロである」
と、数学好きの蔵六は、門人に数学を教えるときよく言ったが、江戸城における蔵六の本音もそのあたりにあったらしい。いくさ知らずの馬鹿が何人あつまっても無意味であり、ときに方針の動揺とか、機密の漏洩というようなことがマイナスになるおそれのほうが多分にある。軍事というのは元来、天才による独裁以外に成立しないのである。

・――いずれ薩摩が反革命をおこす。
という、九年もしくは十年ののちに明らかになった事態を、戊辰戦争の硝煙のなかで予言したのは、むろん蔵六のほかにない。

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"花神"のレビュー

(評価:5)
技術と人間。村田蔵六という人
レビュアー: shiba-ryo.com
2005-09-19
「花神」とは、中国語で花咲爺を意味する言葉。

吉田松陰らに代表される革命思想家が種をまき、
高杉晋作、西郷隆盛といった戦略家が苗を育て、
そして技術者大村益次郎が花を咲かせ、維新を完結させる。

司馬遼太郎が好んだ幕末維新の激動。その最期の幕を降ろした大村益次郎こと村田蔵六を主人公に据え、「技術と人間」を主題にして描いた感動の長編。


村田蔵六。
日本民族の持つ技術者魂と合理的思考を徹底的に蒸留し、それ以外の余計な感情や精神は(郷土主義以外の)ほぼすべてを除いたような人物。俗に「天才と馬鹿は紙一重」と言われますが、その言葉を地で行くような男です。

幕長戦争・戊辰戦争を勝利に導き、維新を成立させ、新日本の軍事の基盤を確立する。そしてその直後に暗殺され生涯を終える。。。まさに維新の完成ために生まれてきたような男であり、運命が蔵六を生み落とし、そして時勢の中に放り込んだとしか思えない。それだけに劇的で、感動的です。

同じ司馬幕末作品としては「竜馬がゆく」や「世に棲む日日」が有名ですが、本作は蔵六を主人公に「技術と人間」を主題に描いているため、印象がガラっと変わります。
維新の完成を成し遂げた村田蔵六の生涯。そこから得るものは非常に大きいと思います。司馬ファンなら必読の一冊です。


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