読み:とうげ
主な登場人物:河井継之助
ジャンル:歴史小説
時代:幕末
巻数:上中下

壮大な野心を藩の運命に賭して幕末の混乱期を生きた英傑河井継之助の生涯

内容
(上)幕末、雪深い越後長岡藩から一人の藩士が江戸に出府した。藩の持て余し者でもあったこの男、河井継之助は、いくつかの塾に学びながら、詩文、洋学など単なる知識を得るための勉学は一切せず、歴史や世界の動きなど、ものごとの原理を知ろうと努めるのであった。さらに、江戸の学問にあきたらなくなった河井は、備中松山の藩財政を立て直した山田方谷のもとへ留学するため旅に出る。
(中)旅から帰った河井継之助は、長岡藩に戻って重職に就き、洋式の新しい銃器を購入して富国強兵に努めるなど藩政改革に乗り出す。ちょうどそのとき、京から大政奉還の報せが届いた。家康の幕将だった牧野家の節を守るため上方に参りたいという藩主の意向を汲んだ河井は、そのお供をし、多数の藩士を従えて京へ向う。風雲急を告げるなか、一藩士だった彼は家老に抜擢されることになった。
(下)開明論者であり、封建制度の崩壊を見通しながら、継之助が長岡藩をひきいて官軍と戦ったという矛盾した行動は、長岡藩士として生きなければならないという強烈な自己規律によって武士道に生きたからであった。西郷・大久保や勝海舟らのような大衆の英雄の蔭にあって、一般にはあまり知られていない幕末の英傑、維新史上最も壮烈な北越戦争に散った最後の武士の生涯を描く力作長編。

印象に残った一節
・「人間万事、いざ行動しようとすれば、この種の矛盾がむらがるように前後左右にとりかこんでくる。大は天下の事から、小は嫁姑の事にいたるまですべてこの矛盾にみちている。その矛盾に、即決対処できる人間になるのが、おれの学問の道だ」
と、継之助はいった。即決対処できるには自分自身の原則をつくりださねばならない。その原則さえあれば、原則に照らして矛盾の解決ができる。原則をさがすことこそ、おれの学問の道だ、と継之助はいう。

・(華魁こそ、その最たるものだな)
と、継之助はそのことに興味があった。
もとはといえばどこの兎の骨かわからぬ童女を、このように育てあげる。身のまわりに八人もの家来がつけば自然人間に品がでてくるし、この部屋の調度品のように庶民にとっては一品でも一財産といったものをずらりとそろえておけば、象山のあごひげ以上の役割をはたすであろう。この世の権威というものを考えるとき、華魁を考えるのがもっともわかりやすい。

・――おろか者の極楽浄土だ。
と、かねて継之助は封建門閥制というものをそう思っていた。たとえば藩のたてまえは(幕府でも)同職はつねに複数で、責任の所在というものがなく、いったん事がおこればけむりのごとく問題をうやむやにしてしまう。その点、まるで魔法のような組織なのである。

・継之助は平素、
――無能者は、罪悪である。
と考えている。一藩の運命をになっている藩重役たる者が、めざましい世界観をもたず藩の今後をどうすべきかの方途ももたず、その日ぐらしに暮している、というのは盗賊の罪よりはなはだしい。

・(人の世は、自分を表現する場なのだ)
とおもっていた。なにごとかは人それぞれで異なるとしても、自分の志、才能、願望、うらみつらみ、などといったもろもろの思いを、この世でぶちまけて表現し、燃焼しきってしまわねば怨念がのこる。怨念をのこして死にたくはない、という思いが、継之助の胸中につねに青い火をはなってもえている。

・継之助は、幕府軍艦観光丸の艦長矢田堀景蔵の好意で、このオランダ製の蒸気軍艦の内部を見学させてもらった。
すべてが、洋式であった。
最後に艦長室におちついたとき、
「いま日本は攘夷さわぎの渦中にあるが、しかし十年後にはすべてが洋式になる。それが、文明(ということばは使わなかったが)の勢いというものだ。勢いというものは山から落ちる水のごとく、なにものにも阻まれぬ」
という、有名な予言をした。
艦長の矢田堀はふかくうなずいたが、この西洋通の幕臣でさえ、そうは簡単なものとは思えなかった。しかし九年後に明治維新が成立した。

・「涙なんてものはな」
と、継之助はいった。
「いつもおれの腹の底いっぱいに溜まっているのだ。しかし心という締め紐があってそれが一滴もこぼれぬようにできている。いまは体が疲れ、心の締め紐がゆるんだ。ただそれだけでだらしもなくこのようにこぼれている。平素はもうすこしましな男だ」

・自由と権利というものが西洋の先進文明を成り立たせている基礎であり、政治、法律、社会をはじめ、人間のくらしのうえでの小さなことがらにいたるまでの基礎思想であり、さらには人間を人間たらしめている大本であることに、日本人のたれよりも早く気づいたのは福沢諭吉であろう。
――それが、先進文明を解くかぎであるらしい。
と福沢はたれよりも早く着眼した。

・秋月がなにか言おうとしたが、継之助はその言葉を奪い、「意見じゃないんだ、覚悟だよ、これは。官軍に抗して起つか起たぬか。起って箱根で死ぬ。箱根とは限らぬ、節義のために欣然屍を戦野に曝すかどうか、そういう覚悟の問題であり、それがきまってから政略、戦略が出てくる。政略や戦略は枝葉のことだ。覚悟だぜ」

・「しかしながら」
と、大野右仲はいった。「自分が薩長にうまれておれば、つまり薩長の藩士であればこういうことはいうまい。徳川討滅の急先鋒になっていたかもしれず、それやこれやを思うと、人間、煮つめてみれば立場だけが残るものらしい。わしは若いころ自分の思想のままに働いたが、結局はこの大野右仲は御譜代大名である唐津藩の藩士として生死するしか仕方がないのかもしれぬ。河井、そうだろう」

・「軍監がわるいんじゃない」
と、代右衛門はいった。
「あれが、時勢だ。時勢の大波が猛りくるって藩境にせまっているのだ。その猛りが、人間のかたちをとって岩村という軍監の態度になったのだ。岩村の怒号は人間ののどから出たのではない。時勢の咆哮だ。」

・長岡という小藩にうまれたことは継之助にとって不幸であったが、長岡という小藩にとっても継之助を生んだことは不幸であった。継之助は、長岡藩という藩に対し、分不相応の芝居をさせようとした。

・角力は、立合う一刹那の気合にすべてがある

・豊臣時代からひきついでいる貨幣観念。大坂は銀本位で江戸は金本位である。江戸では「千両役者」という。年俸で金千両をとっているスターのことをそういうのだが、これは銀本位の大坂では通用しない。銀何百何匁の役者といういたって歯切れのわるいことになるであろう。
また相撲の階級で「十両」という番付がある。年俸を小判で十両とっている者をいうのだが、金小判が本位でない大坂ではこれはいわない。

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"峠"のレビュー

(評価:5)
悲劇の侍・河井継之助
レビュアー: shiba-ryo.com
2005-09-29
長岡藩。徳川譜代大名で石高はわずか7万4000石。そして江戸からも京都からも遠く離れた北越に位置する。その長岡藩に生れた英雄・河井継之助は、天賦の才をもって長岡藩という小さな画布に「武装独立・中立主義の長岡公国」という、大きすぎる夢を描こうとする。

、、、が、時勢は容赦なく戦火を求め、そして継之助の望まぬままに北越戦争が勃発。継之助と長岡藩は維新成就のための生贄として官軍に討たれてしまう。。。


継之助が長い歳月をかけ、そして完成直前まで描きあげた壮大な絵が、たった一点の糸の"ほつれ"によってそのすべてが崩れ、坂から転がり落ちるように悲劇的な最期を遂げてしまう。まさに運命としかいいようがない物語だと思う。
そんな運命の中で、最後まで懸命に生き、そして散った継之助。その姿は最高に美しいと思った。"あとがき"にもあるが、司馬遼太郎は本作で河井継之助を通して「侍とは何か。」というテーマを描いていると言う。まさしくその通りで、峠に描かれた河井継之助という人物は、侍における形而上の美しさを徹底的に追求した姿だと思った。

本作には、人間としての美しさを凝縮した継之助の一生が詰まっています。司馬作品においては同じ幕末を描いた燃えよ剣と共通するところがあると思います。(土方の場合は純粋な侍ではないですが)
「竜馬がゆく」や「世に棲む日日」などの正統な歴史小説もいいですが、この「峠」のような歴史の裏側にある美しさ、おもしろさを見つけ、それを題材に描く作品も司馬遼太郎の魅力だと思います。

司馬遼太郎好き、幕末好きの人には必読の作品です。ぜひ継之助の人生を味わってみてください。


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