胡蝶の夢





読み:こちょうのゆめ
主な登場人物:松本良順、島倉伊之助、関寛斎、ポンペ
ジャンル:歴史小説
時代:幕末
巻数:1~4

内容
(一)黒船来航で沸き立つ幕末。それまでの漢方医学一辺倒から、にわかに蘭学が求められるようになった時代を背景に、江戸幕府という巨大組織の中で浮上していった奥御医師の蘭学者、松本良順。悪魔のような記憶力とひきかえに、生まれついてのはみ出し者として短い一生を閉じるほかなかった彼の弟子、島倉伊之助。変革の時代に、蘭学という鋭いメスで身分社会の掟を覆していった男たち。
(二)幕末海軍の教師団にポンペという軍医のいることを知った松本良順は、あらゆる圧力を断ち切って長崎に走る。やがて佐渡から語学の天才である弟子の伊之助を呼びよせた良順は、ポンペを師に迎え、まったく独力で医学伝習所を開講し、あわせて付属病院を建てる。ひろく庶民に門戸をひらいたこの病院は、身分で閉ざされた社会に、錐でもみ込むように西欧の平等思想を浸透させてゆく。
(三)ポンペの帰国ととみに江戸の医学所の頭取となった松本良順は、緊張した時局の中で不眠に苦しんでいる一橋慶喜の主治医となり、阿片を用いてこれを治す。一方、語学の天才・伊之助は「七新薬」という蘭方の医書を刊行するまでになったが、その特異な性格が周囲に容れられず、再び佐渡に逼塞する。また、赤貧のなかでポンペ医学を修めた関寛斎は、請われて阿波蜂須賀家の侍医となる。
(四)瓦解する幕府の陸海軍軍医総裁となった松本良順は、官軍の来襲とともに江戸を脱出し会津に向かう。他方、ともにポンペ医学を学んだ関寛斎も、官軍野戦病院長として会津に進軍し良順と対峙する。そして、激動のなかで何らなすところなく死んでゆく伊之助。徳川政権の崩壊を、権力者ではなく、蘭学という時代を先取りした学問を学んだ若者たちの眼を通して重層的に映し出した歴史長編。

印象に残った一節
・後年、勝海舟が咸臨丸でアメリカへ行った。帰国して千代田城の殿中で老中たちからかの国の様子を質問されたとき、
――かの国はわが日の本と異り、身分が上になればなるほど賢うございます。
と答えて幕府の重役方の不興を買ったといわれているが、封建世襲制というのは、身分が上ほど愚かな者が多く、特に奥御医師の場合がそうであった。

・「医師にとって、ただ病人があるだけである。患者がどういう階級に属し、どれほどの富をもち、あるいは持たないか、ということは、なんの関係もない」(ポンペ)

・「世間」
という。それが、おそろしい。
世間体、世間擦れ、世間雀、世間師、世間口。世間騒がせ、世間知らず、といった意味での世間は、オランダ語にはその陰翳に符号した言葉がなく、公共、社会、現世などとはちがっている。
世間気という言葉もよくつかわれる。世間が自分や自分たち一家のことをどう思うかということでしきりに世間体を繕う気遣いのことである。このふしぎな精神は日本の水田耕作の農村という形態から出たもので、中国にも同質のものはない。農民も武士も世間気をつかい、世間口をおそれ、世間体をつくろって暮らしている。徳川幕府の警抜さは、この伝統的な共同体の精神性をみごとにひき出し、拡大し、全面的に秩序維持のために利用したことであろう。五人組制度や連座制などがその例といっていい。

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  5. 三匹の迷える羊たち より:

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  6. 三匹の迷える羊たち より:

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    【評価】★★★★

"胡蝶の夢"のレビュー

(評価:4)
蘭医学・医療を通して描く幕末
レビュアー: shiba-ryo.com
2005-12-19
松本良順、島倉伊之助、関寛斎など。長崎でポンペから蘭医学を学び、活躍した医師たちを通して幕末を描いた長編。

江戸期において身分外の存在だった医師たちを中心に、この時代の蘭学、蘭医学というものを描き、それを通して医療とは何か、という大きなテーマを描いています。さらに、”医療”に加え江戸身分制についても緻密な描写で迫り、その鋭い洞察から”人間とは何か”という永遠のテーマにも挑んでいます。

他にも、良順と新選組(特に近藤)の深いつながり、徳川家茂との将軍と医師の関係を超えた友情など、主に幕府側のエピソードが多く盛り込まれており、幕末に関する造詣を深める上で内容の濃い作品でした。


薩長土、政治・軍事といった幕末の主役を描く作品もいいですが、医の側面から見る幕末も大いに勉強になります。司馬竜太郎らしい、読み応えのある長編です。


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