ペルシャの幻術師





読み:ぺるしゃのげんじゅつし
収録作/主人公:
ペルシャの幻術師/幻術師アッサム、大鷹汗(シンホルハガン)ボルトル
戈壁(ゴビ)の匈奴/成吉思汗鉄木真(チンギスカンテムジン)
兜率天の巡礼/閼伽道竜(あかどうりゅう)
下請忍者/猪ノ与次郎
外法仏/恵亮
牛黄加持/義朗、匣ノ上
飛び加藤/飛び加藤
果心居士の幻術/果心居士

十三世紀、東南アジアを席捲する蒙古の若き将軍の命を狙うペルシャの幻術師の戦いの行方は……直木賞受賞前後の異色の初期短篇集

内容
十三世紀、ユーラシア大陸を席捲したモンゴル軍が占領したペルシャ高原のとある街。モンゴルの将軍とその命を狙うペルシャ人との暗闘を描いた「ペルシャの幻術師」(昭和三十一年、第八回講談倶楽部賞受賞)は司馬氏の幻のデビュー作で、文庫初登場である。同じく文庫初収録の「兜率天の巡礼」等、全八篇の短篇集。

印象に残った一節
・地球の如何なる場所であっても、そこに物があり、女さえあれば、この男たちの集団は走った。この集団の頭目になる資格は、これまたたった一つしかない。性欲と好戦欲と掠奪欲の人一倍激しい男、こういう男にのみ安心感が置ける。この男の欲する方向が、民族の欲する方向であるからだ。――戈壁の匈奴

・由来、膚骨を刺す自然の中にこそ、すぐれた神は生まれるものである。インドに仏教が生まれたのは、偶然ではなかった。風がやめば酷暑は人を殺し、ガンジスとインダスの両川が年に一度は荒れて曠野の風景を一変させるというインドにあってこそ、肉体をもつがゆえの現世の苦悩から解脱する瞑想が生まれたのであろう。シリアの荒蕪の地で、ただ星と沙をながめて暮らしてきたユダヤ人の間からこそ、星のかなたに住む唯一人の神によって天国の平安を得たいという救済の教えが生まれたにちがいない。自然が人間の肉体を虐めない所に神は育たない。温和な気候と美しい山河と豊穣な土地に住み、いのちを愉悦しつつ生涯を送れる者に、現世の解脱や救いの教えはどれほどの必要性を持とう。大和の地にはまたそれなりの神はある。しかし、それは生命の解放に必要な神ではなく、彼等の現実の欲望をされに充足させるための生活の友人ともいうべき神である。少なくとも、インドやシリアの神からみれば、個性の弱い、温和な、妥協性に富んだ生活の神々であった。――兜率天の巡礼

・「なんという馬鹿や」 与次郎はなさけなくなった。伊賀の忍者は狡智にたけているくせに、自分の人生を大事にする本当の智恵には暗い。白痴のように欠けているのだ。――下請忍者

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  1. The Intelligent Investor より:

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  2. 海音寺潮五郎応援サイト ~ 塵壺(ちりつぼ) ~ より:

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"ペルシャの幻術師"のレビュー

(評価:5)
個性派揃いの初期短編集
レビュアー: shiba-ryo.com
2005-08-19
さまざまな国、さまざまな時代、さまざまな職業の人々を描いた司馬遼太郎初期短編集。中世ペルシャの幻術師、モンゴルの英雄、昭和日本の夢想学者、中世日本の僧侶、戦国日本の忍者が登場します。
収録八編は読み進めるごとに国も時代も職業も、何もかもがガラリと変わり、まったく統一感がありません。が、それはそれで楽しく、何が出てくるか分からない、びっくり箱を開けるような楽しさがあります。

中でも印象に残ったのは「兜率天の巡礼」。終戦後、大学教授の職を解かれた閼伽道竜が亡くなった妻のルーツを追い求める様子を、遥か1500年の昔の東ローマ帝国にさかのぼって、景教の祖ネストリウスに重ね合わせて描きます。
司馬遼太郎は産経新聞社で宗教担当をしていただけあって、宗教に対する非凡で鋭い洞察が随所に見られます。また小説としても技巧が凝らされており、非常に読み応えのある一編でした。

執筆時の年齢は三十代前半とまだ若いですが、他の七編も含めていずれも個性派揃いで、後期作品にも引けを取らないくらいどれも秀逸。司馬遼太郎のすごさを改めて知る一冊でした。


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