覇王の家





読み:はおうのいえ
主な登場人物:徳川家康
時代:戦国
巻数:上下

戦国時代に終止符を打ち、徳川三百年の礎を築き上げた家康の生涯を描いた長編

内容
(上)徳川三百年――戦国時代の騒乱を平らげ、長期政権(覇王の家)の礎を隷属忍従と徹底した模倣のうちに築き上げた徳川家康。三河松平家の後継ぎとして生まれながら、隣国今川家の人質となって幼少時を送り、当主になってからは甲斐、相模の脅威に晒されつつ、卓抜した政治力で地歩を固めて行く。おりしも同盟関係にあった信長は、本能寺の変で急逝。秀吉が天下を取ろうとしていた……
(下)戦国時代の混沌の中から「覇王の家」を築き上げた家康の、勝者の条件とはいったい何だったのか・・・・・・。小牧・長久手の戦いで、時の覇者秀吉を事実上破った徳川家康。その原動力は、三河武士団という忠誠心の異常に強い集団の存在にあった。信長や秀吉とは異なる家康の捕らえがたい性格を、三河の風土の中に探り、徳川三百年の精神的支柱を明かしつつ、日本人の民族性の謎にまで迫る。

印象に残った一節
・「人の一生は重き荷物を背負って坂道をのぼるようなものだ」というおよそ英雄とか風雲児とかといったような概念とは逆のことばは、晩年の家康がいった言葉であると言い、また偽作であるともいうが、このことばほど家康の性格と処世のやりかたをよくあらわしたことばはない

・大将とは、多くの士卒にかこまれている者をいう。士卒が大将を推戴しているのは、忠というようなものではない。すくなくとも尾張の気風にかぎってはそうではなく、要するに大将が士卒の身分や栄達を保証してくれる存在であるからであった。敗軍で大将にその保証能力が喪失したとき、士卒はあっというまに散じてしまうものなのである。

・家康は口数のすくない男だったが、ひとの話は全身を耳にするような態度できくところがあった。どんな愚論でも辛抱づよく聴いた。家康はよく言う、愚かなことをいう者があってもしまいまで聴いてやらねばならない、でなければ聴くに値することを言う者が遠慮をするからだ

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  1. 三匹の迷える羊たち より:

    読書感想「覇王の家 下」
    読書感想「覇王の家 下」
    覇王の家〈下〉 (新潮文庫)
    【評価】★★★

  2. 三匹の迷える羊たち より:

    読書感想「覇王の家 上」
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    覇王の家〈上〉 (新潮文庫)
    【評価】★★★

"覇王の家"のレビュー

(評価:5)
徳川家康という人
レビュアー: shiba-ryo.com
2005-06-08
徳川家康。信長や秀吉のような天才ではないが、並外れた忍耐強さ、模倣主義、自己抑制力、といった性格で天下を制した、一種の異常人。そんな家康とその麾下の三河軍団を、本作では成立から台頭まで深く、鋭く分析しています。

本作を読むと、徳川体制が自分たち日本人に与えた後天的な影響が計り知れないほど大きいということがよくわかります。閉鎖的な体質、儒教的道徳観念などといった現代まで続く日本人の性格や特徴のほとんどが徳川体制によって植えつけられたものであったことを知り、驚きを持って読み進みました。

既に徳川体制の崩壊から百五十年の月日を経て、ここ最近は個々の才覚や野望が評価される実力主義の時代になってきています。そんな中でも、無意識ながら日本人には徳川的な性格・価値観は根強く残されており、そしてそれは今後も数百年の永きに渡って自分たちの中で生き続けていくものだと思います。

司馬遼太郎が「現代日本人の祖」とも言える家康をこうした形で描いたのは、そのルーツをよく知ることによって日本国家、民族の更なる飛躍を期待した、という点が濃厚にあると思います。逆に小説としての娯楽性はほぼ皆無で、司馬作品の定番である女性もほとんど登場せず、登場したとしても政治の要素としてのみ描かれるほど。全編を通してかなり硬派(?)で地味な内容ですが、司馬遼太郎の懐の深さを改めて感じることができる一冊でした。

なお、本作では家康が今川の人質として過ごした幼少期から小牧長久手での秀吉との戦いまでを描いており、関ヶ原や大坂の陣についてはまったく触れていません。"関ヶ原"、"城塞"などとあわせて読むことでより一層楽しめて、知識を深められると思います。


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