京都05年04月:蛤御門
蛤御門の変(禁門の変)で有名な蛤御門。
八月十八日の政変で京を追われた長州藩が、軍事クーデターを起こし孝明帝を略奪しようとし、それを事前に察知した薩摩・会津を中心とする幕府軍との間で激しい衝突が起こりました。中でも最も激しい戦いが繰り広げられたのがこの蛤御門付近です。蛤御門の変については世に棲む日日など、幕末の作品で詳しく描かれています。
蛤御門。この門はもともと開かずの門だったのですが、宝永の大火の時に初めて開門したことから焼けて口を開く蛤にたとえて蛤御門と呼ばれるようになったそうです。
門の柱。ところどころにある窪みは変の際の弾痕と言われています
門から京都御苑内へ少し歩くと「清水谷(しみずだに)家の椋」という大きな木があります
蛤御門の変の際、この木の付近で長州藩の来島又兵衛が討ち死にしたと伝えられています















