街道をゆく (4) 郡上・白川街道、堺・紀州街道ほか





読み:ぐじょう・しらかわかいどう、さかい・きしゅうかいどうほか
ジャンル:紀行文
収録:洛北諸道/郡上・白川街道と越中諸道/丹波篠山街道/堺・紀州街道/北国街道とその脇街道

内容
山国郷・常照皇寺のシダレ桜は光厳院の苦痛の姿か、それとも歴史に耐えたすさまじさか……鞍馬で八百年前と変わらぬ形で山を守る清僧と出会い、花背峠で杣料理に舌鼓をうち、武生で自然破壊を憂う。近畿・北陸の各地を訪ねる旅。

印象に残った一節
日本の社会史で、この室町時期の応仁・文明ノ乱ほど、ある意味では大事な時期はないかもしれない。日本にはフランス革命に相当する社会革命はなかったと思われがちだが、この室町末期におけるなしくずしの中世的諸体系の大崩壊こそそれに相当するものであったかもしれない。これを崩壊にみちびいた意識的な革命的指導者は出なかった。自然の、たとえば山崩れのように大くずれにくずれた。この価値の崩壊期がなければ、はるかにあとに出てくる秀吉のような微賤の者が天下を統一するという現象がおこるはずがないのである。秀吉の異常な進出を世間がゆるした。その世間を構成している安土・桃山期の武将たちの父祖は、ほとんどが応仁・文明のころの「悪党」の出身で、ろくでもない素姓の者がほとんどであった。後土御門天皇には気の毒であったが、貴賤という価値体系が、応仁・文明の世で根こそぎにひっくりかえってしまったのである。

日本に、ヨーロッパのような岩盤のように堅牢な貴族階級というものが、江戸期の人工的な社会固定期をのぞき、どうやら成立せずじまいにおわり、その江戸期の貴族階級も維新であっさり崩れてしまったのも、応仁・文明期における苛烈な社会対流の大現象があったればこそであり、江戸期ですら日本人の意識の底にこの国は一階級だというものが持続していたからであろう。このことはこんにちでもわれわれの社会の機能に十分作動していて、その機能の源泉は明治の自由民権運動でも、大正デモクラシーでも、あるいは、戦後の民主主義でもなんでもなく、それらの外来思想は潜在的社会意識に対するゆりおこしの刺激剤になった程度であるかもしれない。いずれにせよ、後土御門天皇の遺骸が四十数日間も黒戸に置かれっぱなしになっていたというのは、クロムウェルがチャールス一世の首を刎ねたというほどのことはないにせよ、中世末期の象徴的事件として重視されていい。

能率主義の教義では、私は人間ではない。多分に抽象化された「客」という種別に属するものであり、たとえて言えばコンピューターの言語であらねばならない。
ところが、経営者からみれば私は「客」にすぎなくても、私自身は人間だと思っているところに、養鶏場のような方式がホテル経営にまるまる当てはまらないところなのである。私は大きな本屋であればどの本屋に行ってもいいというところがコンピューターの言語的なのだが、しかし無駄ながら本屋の屋号も知りたいというあたりで人間である。町へ出てゆくのに、本屋の固有名詞を知って出てゆくのと、ベルト・コンベアに載せられた物品のようにタクシーでただ運ばれてゆくのとではずいぶん気分がちがう。そういう無駄な気分の部分だけが、「客」でなく、人間である。

司馬遼太郎新刊

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(評価:4)
賤ヶ岳
レビュアー: shiba-ryo.com
2008-03-17
第四巻は近畿・北陸の街道を収録。一巻に五編と収録作がやや多めなためか、各編はやや内容が薄い感がありました。

各地を巡って民俗や風景を描くのも、それはそれで興味深いのですが、やはり司馬遼太郎は政治と戦争に対する考察がおもしろいです。最終編ということもあると思いますが、北国街道編の賤ヶ岳を巡る秀吉と勝家の攻防が一番印象に残っています。
賤ヶ岳の戦いは既に新史太閤記などで読んでいるのですが、やはり何度読んでもおもしろく、熱中させられました。


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