翔ぶが如く
読み:とぶがごとく
主な登場人物:西郷隆盛、大久保利通
ジャンル:歴史小説
時代:明治初期
巻数:1~10
武士の時代の終焉と明治維新の完結。激動の明治初期を西郷と大久保を軸に描く。
内容
(一)明治維新とともに出発した新しい政府は、内外に深刻な問題を抱え絶えず分裂の危機を孕んでいた。明治六年、長い間くすぶり続けていた不満が爆発した。西郷隆盛が主唱した「征韓論」は、国の存亡を賭けた構想にまで沸騰してゆく。征韓論から、西南戦争の終結まで新生日本を根底からゆさぶった、激動の時代を描く長篇小説全十冊。
(二)西郷隆盛と大久保利通――ともに薩摩に生をうけ、維新の立役者となり、そして今や新政府の領袖である二人は、年来の友誼を捨て、征韓論をめぐり、鋭く対立した。西郷=征韓論派、大久保=反征韓論派の激突は、政府を崩壊させ、日本中を大混乱におとしいれた。事態の収拾を誤ることがあれば、この国は一気に滅ぶであろう……
(三)――西郷と大久保の議論は、感情に馳せてややもすれば道理の外に出で、一座、呆然として喙を容るるに由なき光景であった――。明治六年十月の廟儀は、征韓論をめぐって激しく火花を散らした。そして……西郷は敗れた。故国へ帰る彼を慕い、薩摩系の士官達は陸続として東京を去ってゆく――内戦への不安は、現実となった。
(四)西郷に続いて官を辞した、もとの司法卿・江藤新平が、明治七年、突如佐賀で反旗をひるがえした。この乱に素早く対処した大久保は首謀者の江藤を梟首に処すという実に苛酷な措置で決着をつける。これは、政府に背をむけて、隠然たる勢力を養い、独立国の様相を呈し始めている薩摩への、警告、あるいは挑戦であったであろうか。
(五)征台の気運が高まる明治七年、大久保利通は政府内の反対を押し切り清国へ渡る。実権を握る李鴻章を故意に無視して北京へ入った大久保は、50日に及ぶ滞在の末、ついに平和的解決の糸口をつかむ。一方西郷従道率いる三千人の征台部隊は清との戦闘開始を待ち望んでいた。大久保の処置は兵士達の失望と不満を生む。
(六)台湾撤兵以後、全国的に慢性化している士族の反乱気分を、政府は押さえかねていた。鹿児島の私学校の壊滅を狙う政府は、その戦略として前原一誠を頭目とする長州人集団を潰そうとする。川路利良が放つ密偵は萩において前原を牽制した。しかし、士族の蜂起は熊本のほうが早かった。明治九年、神風連の乱である。
(七)熊本、萩における士族の蜂起をただちに鎮圧した政府は、鹿児島への警戒を怠らなかった。殊に大警視川路利良の鹿児島私学校に対する牽制はすさまじい。川路に命を受けた密偵が西郷の暗殺を図っている――風聞が私学校に伝わった。明治十年二月六日、私学校本局では対政府挙兵の決議がなされた。大久保利通の衝撃は大きかった……。
(八)明治十年二月十七日、薩軍は鹿児島を出発、熊本城めざして進軍する。西郷隆盛にとって妻子との永別の日であった。迎える熊本鎮台司令長官谷干城は籠城を決意、援軍到着を待った。戦闘は開始された。「熊本城など青竹一本でたたき割る」勢いの薩軍に、綿密な作戦など存在しなかった。圧倒的な士気で城を攻めたてた。
(九)熊本をめざして進軍する政府軍を薩軍は田原坂で迎えた。ここで十数日間の激しい攻防戦が続くのである。薩軍は強かった。すさまじい士気に圧倒される政府軍は惨敗を続けた。しかし陸続と大軍を繰り出す政府軍に対し、篠原国幹以下多数の兵を失った薩軍は、銃弾の不足にも悩まされる。薩軍はついに田原坂から後退した……。
(十)薩軍は各地を転戦の末、鹿児島へ帰った。城山に籠る薩兵は三百余人。包囲する七万の政府軍は九月二十四日早朝、総攻撃を開始する。西郷隆盛に続き、桐野利秋、村田新八、別府新介ら薩軍幹部はそれぞれの生を閉じた。反乱士族を鎮圧した大久保利通もまた翌年、凶刃に斃れる。激動の時代は終息したのだった。
タグ: 大久保利通, 村田新八, 桐野利秋, 西南戦争, 西郷隆盛
















2005 年 11 月 12 日 12:07 PM
司馬 遼太郎 (著) 『翔ぶが如く』 (文芸春秋、文春文庫)
司馬 遼太郎 (著) 『翔ぶが如く〈1〉』 (文芸春秋、文春文庫)
司馬 遼太郎 (著) 『翔ぶが如く〈2〉』 (文芸春秋、文春文庫)
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