司馬文学碑の建立へ資金募る 佐野市民が作品展
文豪司馬遼太郎が市内で終戦を迎えたことが、その後の作家人生に影響を与えたことを広く市民に知ってもらいたいと、市民有志が文学碑建設計画を進めている。市民から資金を募るため、十六日から三日間、市内の画家や陶芸家が協力した作品展・頒布会をたぬまふるさと館で開く。
二十二歳だった司馬(本名・福田定一)は、終戦前後の約四カ月間、本土決戦に備えるため陸軍少尉、戦車師団の小隊長として市内に滞在した。
死と向き合った佐野での日々は、作家としての思想にも大きな影響を与えたとされる。妻福田みどりさんはある講演で「司馬さんは『街道をゆく』の最後に行きたいところとしてハンガリーと佐野の名前を挙げていた」と話している。
碑の建設は、二〇〇六年に植野町の元小学校校長、早乙女そおとめ務さん(75)が、司馬と佐野の関係をまとめた「あの夏の日の司馬遼太郎-昭和の巨星の若き日を追う」の出版がきっかけ。
(後略)
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/region/news/20090107/96106
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