街道をゆく (14) 南伊予・西土佐の道





読み:みなみいよ・にしとさのみち
ジャンル:紀行文
収録:南伊予・西土佐の道
伊予と愛媛/重信川/大森彦七のこと/砥部焼/大洲の旧城下/富士山/卯之町/敬作の露地/法華津峠/宇和島の神/吉田でのこと/城の山/新・宇和島騒動/微妙な季節/神田川原/松丸街道/松丸と土佐/お道を

内容
版籍奉還の際、維新政府は、県名をえらぶのに苦心があったらしい。その点、愛媛県は幸運だった。伊予は愛比売で、文字どおりいい女という意味である。ずいぶん粋な言葉を県名にしたものだと思うが、おそらく松山の教養人が『古事記』を披いて、その判断資料にしたのではないか。

印象に残った一節
彦七は、「これだけの楽しみを与えてくれた将軍に対し、このおれが裏切れると思うか」というひらきなおった論理で雲間の天魔と対決している。このあたり、日本の社会がこの時期において一度近代へ近似値にまで接近したということがいえそうである。

一つの技術がその土地に定着するには、移入だけではどうにもならぬものらしい。丈助が領内で原料、材料を見つけたように、人も移入だけではうまくゆかなかった。丈助は土地を退転するわけにはゆかないだけに、最後は自力になった。運のいいことに陶石はその後も数カ所から発見され、そのおかげで砥部焼が大いに盛んになる。

このひとがいうには、伊予人は怜悧な上に教育技術もたしかに進んでいる。しかし自分が育てた教え子はみな事務局を運営するような能力ばかりが高くて、土佐からときどき出てくる大きな人間はひとりもいない、という。この人は弾みのあるいい先生だったにちがいない。
「伊予には伊予のよさがあるし、土佐には土佐のよさがある。人間の世というのはおもしろいものですな」

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"街道をゆく (14) 南伊予・西土佐の道"のレビュー

(評価:4)
伊予松山、宇和島
レビュアー: shiba-ryo.net
2009-02-17
松山といえば坂の上の雲の秋山兄弟、正岡子規。そして宇和島といえば伊達宗城です。(自分の中で)

彼らについて直接は触れませんが、彼ら幕末、明治に活躍した人物たちが生み出された伊予の文化・風土について詳細に描いています。

伊予川の治水を成し遂げた足立重信
死して宇和島藩の礎となった山家清兵衛
砥部焼を作り上げた杉野丈助

など、"武"ではなく"文"の面で突出したエピソードが多く語られているのが、まさに伊予らしさの本質なのだと思います。

そうした歴史も含め、伊予は非常に温厚で成熟した地域であると感じました。
ぜひ一度行ってみたい、また、もし相性が良ければ住んでみたい、というくらい良い印象が残る内容でした。


なお、本書は松山と宇和島の話が中心で、土佐に関してはあまり触れていません。著者も「稿をあらためて書きたい」と言っています。
西土佐だけを目当てにこの本を読もうとしている人にはあまり参考にならないと思うので注意が必要です。


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