街道をゆく (17) 島原・天草の諸道




読み:しまばら・あまくさのしょどう
ジャンル:紀行文

内容
長洲の西は天草灘であり、東は富岡湾である。・・・・・・天草は、旅人を詩人にするらしい。まして詩人が旅人であれば、若い日の北原白秋たちがそうであったように、泣き沙のなかにはるかな西方の浪の音まで聴きわけ、歴史という虚空のなかにまで吟遊して歩く人になるのかもしれない(本文より)

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"街道をゆく (17) 島原・天草の諸道"のレビュー

(評価:5)
島原ノ乱の本質
レビュアー: shiba-ryo
2009-06-06
歴史の教科書で習う島原ノ乱といえば

・徳川幕府の切支丹禁制に対する反発が原因の、いわゆる聖戦
・天草四郎時貞といえば聖者のような存在で、島原の乱の総大将で一揆軍の指揮をとっていた

という印象があります。自分はこの通りの認識でした。

それが本作では

・乱の原因は藩主松倉重政・勝家の圧政であり、宗教戦争としての要素はほとんどなかった
・天草四郎は幕僚に担がれただけの存在で、自らの意志はほとんどなかった(と思われる)

と指摘しています。

自分の中で20年近く固定していた島原ノ乱に対する認識がすべて覆され、目からウロコでした。もちろんいい意味で。


本作はほぼ全編が島原の乱について描かれています。

狂気ともいうべき圧政を通し、人間の恐ろしい、おぞましい一面が見られます。読んでいて重く、苦しいです。

が、逆にそうした極限の状態から、司馬遼太郎は人間や集団の本質を鋭く抉り出しており、ものすごい読み応えがあります。

扱う題材が題材だけに、街道をゆくシリーズの中でも強烈な印象を受けた一冊でした。


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