街道をゆく (18) 越前の諸道
読み:えちぜんのしょどう
ジャンル:紀行文
内容
菩提林の美しさには聖と俗の痛烈なたたかいがあり、その内容も複雑であった。聖はおのれの聖を守るために俗権の保護を受け、俗も「別の聖の体型」をもつことによって、聖の宗教的おそろしさを効きめなきものにしようとしてきた。この二律背反の力学の上に、菩提林の美しさは保護されてきた(本文より)
印象に残った一節
巨大化した教団というものは、しばしば政治団体化し、宗教であることの本質がうしなわれる。
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源平以来、武家の正義――正確には論理――はその所領の保全のみが軸になっていた。このことは、関ヶ原、戊辰戦争にまでつづき、大名たちが離合し、集散する場合の個々の判断の基準は、つねに正義ではなく、
――勝ちそうな側につく。
ということであった。
もっとも、右のことは、正義とは何かということの思想的課題とはべつである。正義という本来きわめていかがわしい観念が、歴史の上において、人類に多量の幸福をもたらしたのか、それとも逆であるのか、ということは、なお現在でも――たとえば現代中国の政変過程を見よ――結論の出ない困難な課題である。
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しかしそれにしても平泉寺衆徒の「正義」には当惑する。武の論理によってきのうまでの味方を裏切ったまではよいとしても、自分の宗教の秘奥にかかわる祈祷をし、きのうまでの味方を「怨敵」として、仏に調伏をねがうというのは、どういうことであろう。仏教の本質は、密教といえども個人の解脱にしかない。企業化した仏教というのは、中世の叡山がそうであったように、神仏への信仰とは逆に、むしろ信仰をねじまげる方向にゆかざるを得ない。政治・軍事上の敵を「怨敵」とよんだり、あるいは政治・軍事上の不利を「法難」とよんだりするのは、教団としての仏教がしばしば陥ってきた悪魔性というべきものである。
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戦国の諸雄のなかで、化物になってしまっている中世をこわして近世をまねきよせたいという思想もしくは思想性をもっていたのは信長しかなかった。かれの生涯は、領土をひろげるたびに楽市楽座の制をひろげ、広域経済圏をひろげた。あきらかに主義主張があり、この点において、かれよりも合戦のうまかった武田信玄や上杉謙信は、歴史の担い手としてははるかに劣っている。
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