街道をゆく (21) 神戸・横浜散歩 芸備の道





読み:こうべ・よこはまさんぽ げいびのみち
ジャンル:紀行文

内容
フランス軍艦が神戸港に入港すると外人墓地に詣でるという。墓碑銘を見て、ミセス・グリーンが43歳で亡くなったことを知った。一般論としては老いの長いことをことほがねばならないが、しかし容色の衰えきらぬころに世を去った美人については、墓はどこかつややかであることを感じた(本文より)

印象に残った一節
豊臣秀吉の全国検地で地侍が否定され、武士というものが、大名にまるがかえのこんにちのサラリーマンに似た専業者になると、その新時代の武士というものは、門徒にならなかった。
おなじ浄土教でも浄土宗になり、あるいは土地に類縁の寺があるままに真言、臨済、天台というふうになった。武士が門徒にならないのは、主君に忠誠心をうたがわれるからであった。江戸期に入るといよいよその傾向がつよくなり、士農工商の士の階級にはたれひとり門徒はいなかったのではないか。

信長を相手にするということで毛利氏と安芸門徒の利害が一致していたということもあるが、それにしても門徒が毛利氏の領民でありながら集団では独自の姿勢をとっているかのような気配があるのは、当時の世間からみて尋常なことではない。他とはきわだって異質な価値観をもつ安芸門徒という集団は、石山合戦以後、多分に政治化している。にもかかわらず毛利氏が、当然支配者として持ちがちな嫌悪をすこしもおもてに出さず、従前どおり、絹のような手ざわりで接触し、門徒のエネルギーを自家の利益にひきつけて行ったあたりは、さりげないことながら、後世のわれわれがもうすこし驚いていいのではあるまいか。

いまは、この湾に二つの都市がある。
いうまでもなく、大阪と神戸だが、都市の性格や機能がたがいにちがっている。市民文化もちがう。
「民度もちがうんじゃないか」
と、神戸の友人が、みもふたもないことを言ったことがある。私は大阪に住んでいる。それだけでも、神戸在住のひとには、笑止なことであるらしい。京都のひとたちも、この点似ている。この両都市の人達にとって、大阪は自尊心を満足させるために存在しているかのようである。

横浜には旧幕時代という歴史があり、この点、神戸とちがっている。神戸は、明治維新とほぼ同時に開港したために、迷いも暗さも苦味もないあっけらかんとして開明時代そのものの歴史が、まちの性格を決定づけている。
しかも、神戸の”開化”を推進した初代の兵庫県知事が、御殿山英国公使館焼打の犯人のひとりである伊藤博文であったということは、幕末・明治の価値の逆転史を考える上でも、横浜と神戸の性格と歴史を感じる上でも、ひとつのつぼであることをおもわざるをえない。

旧幕のころこの役宅に住んでいた運上所の幕吏たちも、そういう雲をみてなにがしかの感動を持ったにちがいないが、不意に、天は変わらず、地の人だけが変わってゆくという平凡な情念が、敷地を歩きつつしきりに去来した。ただ、人は果てることなく何事かを継承してゆく。継承の痕跡を見るとき、衝き動かされるように自分が人であることを再確認するものであるらしい。

明治日本の欧化を、同時代の朝鮮や清国の保守家たちはあざわらったが、外国と通商する――国際的な経済社会に参加する――ということは、国内法まで国際的な常識としての法レベルに一変させざるをえないという結果になってしまうことに、かれらが思いいたらなかったことによる。

日本は孤立を守り、その俗(風俗や法習慣)を守るべきだという説も朝鮮や中国にあったが、孤立していれば高度に進んだ艦船・兵器によって攻められ、植民地にされざるをえない。
それを避けるためには通商をし、産業を興し、陸海軍を創設せざるをえない。そのようにすれば、繰りかえすようだが、前提として江戸期の法体系を、欧米の法体系に変えざるをえないのである。

そこでのレセプションで、土地の貿易商人が、映画をほめたあと、
「ところで、あのヨコハマというのはどこにあるんだ」
と、真顔できいたというのである。その質問者が、学者とか水道設備業者とかというならともかく「荷主」とよばれる貿易業者という点で、深刻でもあり、また横浜人が横浜を知っているほどには世界中が知っているわけではないという哲学的な示唆をこのやりとりはふくんでいた。

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(評価:4)
元就と安芸門徒
レビュアー: shiba-ryo
2009-08-28
芸備の道編は、現在の広島県にあたる安芸と備後の国が舞台。
上代の古墳や製鉄、そして戦国期の中国地方の覇者、毛利氏反映の礎を築いた毛利元就などについて描かれています。

毛利氏については、著者の小説でも石山合戦や関ヶ原などを通じて描かれているのをいくつか読みましたが、元就の誕生から死去までを読んだのはこれが初めて。
それほど深く掘り下げているわけでもありませんが、安芸という、浄土真宗が深く根づいた特殊な地をうまく支配した名君ぶりや徳望を垣間見ることができて興味深かったです。

神戸散歩、横浜散歩は開港地つながりの兄弟編。
どちらも日本の近代化に大きな役割を果たし、現在でも日本有数の街・港である神戸と横浜を、港湾都市としての始まりから現在までの歴史を描いています。


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