時代の風音
読み:じだいのかぜおと
ジャンル:対談集
堀田義衛、司馬遼太郎、宮崎駿による鼎談
内容
20世紀とはどんな時代だったのか―。21世紀を「地球人」としていかに生きるべきか―。歴史の潮流の中から「国家」「宗教」、そして「日本人」がどう育ち、どこへ行こうとしているのかを読み解く。それぞれに世界的視野を持ちつつ日本を見つめ続けた三人が語る「未来への教科書」。
印象に残った一節
堀田 (~略~) ”博愛精神の元祖”ということでたいへんいいことになっているナイチンゲールなんていうおばさんも、ロシアがトルコ領に侵入し、クリミア半島を回復しようとしたとき(クリミア戦争)に看護婦としてきた。あれはトルコ軍と英仏軍が同盟していっしょだった。けれど、瓦解寸前のオスマン・トルコ側からみたら、やはり「何をこしゃくな女」といったことだったろうと思うのです(笑)。
だから、日本の世界史の教えかたでいちばん弱い点は、トルコ・ペルシア文明というものを全然教えてないことですね。世界をみるうえでそこが大きな欠点なのです。
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堀田 ラテン系には向かんです。義務、デューティという考え、あるいは興奮剤は、プロテスタンティズムがあってはじめて出てくるものですね。
司馬 オブリゲーションというのは、法的な意味の、強制された義務だとしたら、デューティは勝手に自分が思ってそうするということでしょう。これがないとサラリー制でうまくいかないです。
宮崎 自分たちの職業上の感想ですが、これから日本では、サラリー制も請負制もむずかしくなっていくのじゃないでしょうか。若者の間に、デューティをもっと限定したものにしようとする動きがあると思うのです。かといって、請負制でガツガツもしたくない。
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宮崎 芸術を輸出するというのは、その国を世界の人々に知らせるのには、すごく効果的な方法ですね。
司馬 そうです。そのとおりですね。
宮崎 政府がパンフレットなんか作っていくら外国に送り出してもしょうがない。「うわっ、これはすごい」という映像作品を何本か作って世界に送り出せばいいのに。
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司馬 (~略~) もう一つ日本について言えるのは、世界を覆うような大法螺――つまり巨大な哲学をうむ土壌ではなさそうだということです。この理由は、一にエホバやアッラーといった唯一絶対神とその神学をもたなかったからでしょう。私どもは、汎神論ですごしてきました。アニミズム。私などずぼら者でも、谷間に降りて、なにか神聖感をおぼえることがある。するとちゃんとそこに祠があったりする。ですから絶対虚構としての唯一神にはなじみにくいですね。
大思想というのは、唯一神と同様、絶対虚構を秘奥の核としてうまれるものですから、どうも私どもがそれをうむとは思えない。またうまなくて幸いだと僕は思っています。
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堀田 私は、戦争中に軍令部臨時欧州戦争調査研究部という長い名前のとこにいたんですけど、そこに毎朝、鎮守府からくる官報みたいなものがあって、その下のほうに軍艦の名前が、軍艦何々、何々と並んでいるのです。その横にぜんぶ、「艦籍を削る」と書いてあるので「艦籍を削るってなんのことじゃ」ってきいたんです。そうしましたら、それは沈んだという意味だというんです。はあ、なるほど、艦籍を削るとはそういうことか。人が死んで戸籍を削るのと同じ。
司馬 つまり、英語圏では、はっきりと沈んだとか、何人殺されたという言葉をちゃんと普通に使うのに、日本は玉砕したとか雅語に近くなる。とにかく言葉で巧みに本質をすり抜けるようにできていますですね。
堀田 それは敗戦ではなくて、終戦というのと同じ。
司馬 だから、カエルの卵のゼラチンの皮膜と同じようなものが日本にあって、またわれわれ日本人の心の中にもあって、卵が赤裸になることを恐れるところがありますな。個が赤裸になることを恐れる。
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司馬 (~略~) フランシスコ・ザビエルが感動的に書いていますが、ヨーロッパでは富に栄える者のみが正しくて、貧しい者はそのことを恥じるけれども、この国の民は貧しさを誇りにしている、これはクリスチャンになるにふさわしい民族だということを報告しています。
そもそも日本人は、ここ最近のようにこんなに富を得ようとはだれも思ってなかった。どちらかというと、われわれは千数百年来、食っていければいいという理想だけをもっていましたし、江戸時代の侍も明らかにそうでした。これは万人がそうでしたね。時々、奇妙な人が成金になるだけで、その人をばかにしていました。そういう意識があるかぎり、日本人は大丈夫だと思いますね。私はそれはじつによくわかるんです。その点わりあい感じはいい国だとは思うんです。
ところが、くずれつつありますな。このあいだ、検事が汚職して何万かもらった事件があったのには、もう暗然とした。カトリックの神父さんが独身であるように、検事は清貧でなければならない、と自他ともに思っている。検事であることの貧乏を楽しむか誇りに思うために、一生懸命勉強して検事になるんでしょう。貧乏であることでみな尊ぶわけでしょう。それが汚職してもらったら困る(笑)。
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堀田 (~略~) 彼は「われわれには三つ義務がある」というんです。一つは、職場における義務。つまり働くこと。二つめは、家庭に対する義務。それから三つめは、地域に対する義務。この三つの義務をわれわれは果たさなきゃいかん。ただ二種類の人だけが二つの義務を免除されているという。それは軍人と囚人。
司馬 はあ、なるほど、うまい言い方がありますねえ。
堀田 軍人と囚人は地域に対する義務、それから家庭に対する義務から解放されている。職場に対する義務は、囚人にとっては刑期を果たす義務で、軍人にっっては戦闘の義務に当たる。ところがその市民が果たすべき地域に対するのと家族に対する義務を、日本人は果たしていない。そういう考え方があの連中にあります。
宮崎 どうなんですか、ヨーロッパの高度成長期というのは、おやじたちはみんな死に物狂いで働いたんじゃないでしょうか。
堀田 そうだと思います。産業革命のときの労働者というものは、ほとんど奴隷労働の再来のようなものでした。
司馬 イギリスはとくにそうですね。
宮崎 時期がずれただけなんじゃないかという気がするのですが。
司馬 そのとおりだと思います。働くという点では、たとえば太平洋戦争のときに日本の海軍省、陸軍省の人も、適当な時間に家に帰りましたですな。だから、働くほうは向こうのほうがちょっと上だったような気がします。
そもそも太平洋戦争が始まるまえまでのアメリカ陸軍というのは、世界で二十番めの規模でしかなかったわけですから。それをにわかに大陸軍に仕立てた時期のアメリカというのは、やはりよく働いたんじゃないかと思います。こっち側の日本は、米英撃滅と言っていても、夕方になったら女房のところへ帰った。これはいまのお話とは別な主題の光景ですが(笑)。
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司馬 (~略~) 私は福沢諭吉に同情するんですけど、それは脱亜論のことですが、あれほど攻撃されることないじゃないですか。僕は子供のときからアジアが好きだけど、同時にアジアの人とはうまくやってゆきにくいという困難を感じています。むろんやっていかなければなりませんが。まったくいっしょにはやりにくいなと思っていました。
堀田 それは私も、この国は初めから脱アジアじゃないかと思うんです。
司馬 そうなのです。それをひとこと言うと、問題が大きくなるから言わなかった。
日本史、とくに十三世紀の鎌倉幕府の成立からすでに脱アジアでした。その後、一度もアジアであったときがない。
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堀田 私はアジア・アフリカ作家会議というものを、戦後長いことえらい苦労してやってたんです。それをやった理由は、一つには、どうもおれたちは違うらしい。違うらしいけれども、アジアの中にいることは事実だから、もういっぺん学び直すことがどこかにあるんじゃないかということでね。
そういうところから運動を始めて、二十年からやっていたわけです。ところが、どうも違うんですよ。
司馬 どう考えても違いますな。
江戸時代はヨーロッパ以上に精密な封建制だったと思います。封建制の中で、人間が自発的に物事をやる能力が身につく。そのうえ江戸時代の封建制は、問屋制資本主義と重なってました。ビジネスということは、北前船の船頭にいたるまで身についていた。そして商業的真義、つまり商工業文化をうむわけです。職人文化でいうと、日本人の考え方を製造業に向くようにもっていった。
私は最初に韓国に行ったのは二十数年まえですが、民家を訪ねていったら、みんな柱が曲がってましたですね。よく平気で柱が曲がっていると思いましたですけども、そのときに、江戸の指物師はどうしてあんなに真っ直ぐの障子の桟を作ったんだろうと思いました。これ、無意味なほどのリーガリズム(法規主義)です。無意味なほどの。
どっちがいい悪いはべつです。たとえば韓国のほうが一種の自然の中に溶けているしすばらしい、ともいえます。一つの曲がった柱に人間の尊厳を感ずるなら、詩人の世界になります。なりますけれども、近代国家はやはり障子の桟を幾何学的に整えたほうが、興しやすいだろうなと思いました。
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司馬 日本は、中国がもっている大国の苦しみをもっていません。中国はあんな大きな土地を、国内帝国主義で治めていかなきゃならない。しかも大中国であることが中国人のアイデンティティだと思っている。内部はぐしゃぐしゃにならざるをえない。国内帝国主義という点では、旧ソ連も同じでした。日本はそういう悩みがないですから、だから、世界のよき事務局員にはなれるでしょう。日本はいまのところ偉大な政治家がうまれる土壌とはいえない。それは、一面で幸いというべきです。政治家は諸価値のよき総合者ですから、多様な文化の社会でうまれやすい。それに、日本は教育が普及しすぎていて、これも政治家の型を小さくしている。要するに、日本は専門職を多くうむ風土ですね。
宮崎 そうですね。でも日本はこれから何を頼りにやっていけばいいでしょうか。お金しかないでしょう。
司馬 何もない。だから、私は先ほどの「名こそ惜しけれ」という精神でやるよりほかはないと思います。
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司馬 日本の豊かさというのは、いい悪いはべつとして、そんなもんであって、カニなんかでも、マツバガニでもズワイガニでも、以前はほとんど土地の人が旬に食べていたものを全国の料理屋が出す。松茸だって、近畿地方と四国の人、瀬戸内海岸の人だけが食べてた。あれは主婦が今日の料理がなんにもないと思って、一山一銭か二銭の松茸でご飯でもしようかという程度のもんだった。私ら子供のときです。
堀田 私は明らかに覚えてますけど、貧乏なうちの子供がおなかをすかして学校から帰ってくるでしょう。「なんか食べ物ないか」っておふくろに言う。そうすると、おふくろがそこらにあったカニのでこっと太いアシを一本ちぎって、「これでも食べとけ」って(笑)、北国ですからね。そういうたぐいの食べ物でした。
司馬 つまりそういうものを、高級料理屋が津々浦々まで、いつでもしょっちゅう出すということになると、品薄になって値段が高くなる。だから高級品になってしまうんですね。こういうバカなことをしてるシステムが豊かさなんであって、それをやっぱり皮肉に思わなきゃいけませんね。そのために流通のロスがずいぶんある。土地の食べ物で満足しなくなったということがあります。
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