街道をゆく (10) 羽州街道、佐渡のみち





読み:うしゅうかいどう、さどのみち
ジャンル:紀行文
収録:羽州街道/佐渡のみち

内容
東北とは?城下町が連なる山形路と、荒海に横たわる「遠国」の島・佐渡の文化と歴史。

印象に残った一節
封建時代は差別によって秩序が保たれていたが、それとは別に、封建以前から、日本には都鄙の差別というのが基本としてある。古来、日本ほど首都の居住者を貴しとし、田舎をばかにしてきた国はない。平安期は鄙といえば一概に卑しく、江戸期の場合、江戸からみての田舎者は野暮の骨頂とされた。世界にも類のなさそうな文化意識といっていい。

ついでながら、組織内の日本人の宿痾ともいうべき意地悪は、場ちがいにやってきた当人(この場合は辻藤左衛門)に対し、それとなくお前はそこにすわるべきでないということを集団的に暗に気づかせようとする作用で、拠りどころはあくまでも組織内部の隠微な正義である。この正義は、むろん中国風の正義でもヨーロッパ風の正義でもなく、つまりは演説で堂々と表現できる正義ではない。一種の黙契の上に成り立つ秩序感覚であり、グループ内部の秩序意識といってもよく、露骨にいえば日本の差別感情の源泉になっている。こういう日本的感覚は江戸期に育てられたものといってよく、言い方を換えれば、江戸期というのはこの種の意地悪とその基準である江戸期的秩序とさらにはそこから出た差別意識という視角をのぞくと、茫々として何も見えないとさえいえる。

王朝時代の中国の官僚組織は、規模と精度と伝統の古さにおいて世界史上冠たるものといっていい。
中国史はそのまま官僚史といってよく、裏返せばそれ以上に、それによる民衆の被害史であるともいえる。
歴朝の中国民衆は、匪賊の害を村落や同業組合やその他の自衛組織で、いわば自前でふせいできた。地方の官や吏は、その匪賊よりもたちが悪いというのは歴朝の民衆にとってのごく平凡な常識で、いかにすればかれら地方官吏の強欲な私益追求から、よりすくなく害を受けられるかということが、中国史が官僚史である反面での中国民衆史であったといっていい。

「切腹させよ」
という命令がとどいた。播磨守は権力という魔法の源泉であるという点では観世音菩薩であったが、庶民がそうあれかしと願っている『西遊記』の観世音菩薩のようには優しくはなかった。俗吏である播磨守にとっては藤左衛門のような「正義」は、いたずらに喧騒で、平地に波瀾をおこし、上への聞えもわるく、結局は自分の失態になり、播磨守の地位そのものをおびやかしかねない。それよりも、相川の貪官汚吏どものほうがわけ知りで、上に対して不穏の動きなどはしない。播磨守のような官僚にとって、可愛いのは正義の徒ではなく、自分の地位の無事を保証してくれる連中なのである。

封建時代では、いうまでもなく門地がすべてを決する制度である。しかしながら幕府の勘定奉行配下の役人ばかりは、門閥でその職を得るという例はほとんどなかった。川路のように卑い御家人身分から能力と人柄によって相応の職につくという例がふつうで、江戸幕府が二百数十年もつづいたという理由の多くは、勘定機構の人材がそれをささえたということさえ言える。この勘定機構から、幕府直轄領の代官や遠国奉行などがえらばれる。とくに江戸後期になると、そういう民政担当官は、心映えが清潔で人格のすぐれた者が厳選された。ふつう芝居や映画で「悪代官」などといわれる類いの者はむしろめずらしかったといっていい。

江戸期の刑は、連帯性である。農村などで息子が犯罪をおかしかねない不良少年だったりすると、親兄弟が相談して人別帳から抜いてしまう。このため無戸籍者になり、無宿では農村で暮らせないために、江戸へ出てくる。江戸では、そういう者同士が群れざるをえない。こんにち、制度がちがうためにこれに該当する存在がなく、何に似ているのかという連想が、厳密には不可能である。せいぜいやくざに似ている。しかしいまのやくざは、むろん、戸籍を持っている。公民としての保護が受けられないというすさまじい十字架は負っていないのである。ともかくも一人の人間を無宿にしてしまうという行為が親兄弟によってなされるというところに、江戸時代の法の凄さがある。

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"街道をゆく (10) 羽州街道、佐渡のみち"のレビュー

(評価:5)
小比叡騒動と辻藤左衛門
レビュアー: shiba-ryo
2008-09-05
この巻は収録が2編だけ。それぞれ内容が濃く、読み応えがあります。

羽州街道編は米沢藩の話がメイン。藩祖の上杉景勝とその養父謙信について軽く触れつつ、中興の祖上杉鷹山、さらに2009年度の大河ドラマが決定している直江兼続について描かれています。それほど量は多くないけれど、兼続については本編が司馬作品の中では一番詳しく触れられていると思うので、興味があるなら事前に読んでおくのも悪くないでしょう。

そして佐渡のみち編。江戸期を中心に佐渡を描いていますが、これが抜群に読み応えがあります。
金山があり、幕府直轄領であるという、徳川幕府の体制でも
佐渡は金山があり、幕府直轄支配であり、江戸から遠く離れているという特殊な

幕府直轄領である佐渡に絡めて、徳川幕府の支配体制や江戸期の文化、感覚などが非常に詳しく、鋭く描かれており勉強になります。中でも小比叡騒動と辻藤左衛門についての話は印象的でした。
このように、一般にはあまり知られていないエピソードや人物を拾い上げて紹介してくれるのが街道をゆくシリーズの醍醐味だと思います。しかもそういう話に限ってものすごくおもしろかったりするので、長い街道をゆくシリーズも全巻読破したいという気持ちになります。


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