広瀬武夫ゆかりの小箱保管
日露戦争の旅順港閉塞(へいそく)作戦で、軍神・広瀬武夫中佐(1868~1904)の指揮した「福井丸」の船材で作った小箱が、和歌山県白浜町十九渕の柏木しんさん(88)宅で保管されている。約100年前の品だが傷みもなく当時のまま。製作したのは三越呉服店(現「三越」)。三越によると、地方で空襲を受けていない家の蔵から見つかるという話は聞くこともあるが珍しいという。
小箱は縦10センチ、横14センチ、高さ6センチ。1907年に1万個製作して翌年に売り出した。柏木さんが保管しているのはその中の一つで、箱裏に第1145号とナンバーが記されている。小箱を納めていた紙箱には「広瀬中佐記念品」と書かれた冊子も残されてあり、小箱を製作したいきさつ、広瀬中佐や福井丸の白黒写真なども掲載されている。
閉塞作戦は、狭い湾口に民間の船を沈めて旅順港内のロシア艦隊を封じ込めようとした計画。広瀬中佐が指揮した福井丸は民間の商船で、2回目の閉塞作戦で徴用された。
その福井丸を湾口に沈没させて兵員が撤退する時、部下が行方不明となった。広瀬中佐は敵の砲弾が飛び交う中、危険を冒して船内を捜し回ったが見つからず、やむなくボートに乗り移って帰還の際、被弾して戦死した。部下思いの行動や決死の作戦を遂行したことで、後に「軍神」とたたえられた。
11月にテレビで日露戦争当時の日本を描いたドラマ「坂の上の雲」(司馬遼太郎原作)が放映される予定で、その中で広瀬中佐が取り上げられることを知った柏木さんが、亡父市郎さんが大事に保管していた小箱のことを思い出したという。
柏木さんは「小学校のころ広瀬中佐の唱歌を歌ったことを思い出した。明治時代にあのような立派な人たちがいたことで今日の日本があると思う」と話している。
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