二十一世紀に生きる君たちへ
読み:にじゅういっせいきにいきるきみたちへ
収録:二十一世紀に生きる君たちへ/洪庵のたいまつ
内容
小学校国語教科書に収められた「二十一世紀に生きる君たちへ」「洪庵のたいまつ」を収録。子どもは何をしなくてはならないのか? 人は何のために生きるのか? その答えが司馬遼太郎の肉声で聞こえてくる。
タグ: 緒方洪庵
関連ページ
人は何のために生きるのか?
2009-03-14
1989年に書かれた小学5、6年生向けの国語教科書に掲載された作品。
そのため文字も大きく読みやすく、全ての漢字にふりがながふってあります。また二作品とも短く、両方あわせて15分もあれば読み終わるくらいのボリュームです。
「子どもは何をしなくてはならないのか?人は何のために生きるのか?その答えが司馬遼太郎の肉声で聞こえてきます。」
本の帯に書いてあるメッセージですが、まさにその通りです。「答えが聞こえてくる」というのはちょっと言い過ぎとは思いますが、その答えを自分で見つけ出すための手がかりとなる、素晴らしい作品であることは間違いありません。
非常に短い作品とはいえ、言葉のひとつひとつに重みがあって、自身の経験や知識、精神を未来に生きる子供たちに伝えたい、という著者の気持ちがヒシヒシと伝わってきました。
自分にはまだ小さい子供が2人いますが、10年後くらい、子供たちが成長して「人は何のために生きるのか?」という疑問を持った時、この本を手渡し、読んで、そして一緒にその答えを考えてみたいと思います。

22歳の福田青年の思いは最期まで尽きる事がなかった
2006-11-28
まずこの「作品」に対する最初のレビューになってしまった事に驚きました。大よそ長編小説に費やす程の労力を注いだ、というこの短い(そう小説に比べれば幾許の長さでもない)エッセイはあたかも枯山水の如く、その姿は時を止めた結晶のようですらあります。
僕は長い長い創作や「街道を行く」旅路、そして人生と言う旅路の最後の行程に氏が残した白鳥の歌である、と捉えています。その「歌」は今の学校教育には高級すぎたか、まだましだとされる初等教育の場においてすら、取り上げられる事が稀であったといいます。
22歳の青年が感じた指導者達のふがいなさ、どうしてこんなに日本人は馬鹿になってしまったのだろう、というその青年の問いは、残念だが、まだ私達は十分に賢くなったとは言い難い事が多分に残っているように思います。例えば土地制度はどうでしょう?本質的な解決を見たでしょうか?なんら変わった点、改まった点はないように思われます。
であれば、大人がこのエッセイの立ち位置を認識しなおす、あるいはこれを家庭等で子供達に「変電」する事は、今の世にあっていいことではないか。
私はその様に感じます。
司馬遼太郎記念館にも壁面にプレートとして掲示してあります。その事も、このエッセイの在り処を示しているようにも思うのです。