街道をゆく (34) 大徳寺散歩、中津・宇佐のみち




読み:だいとくじさんぽ、なかつ・うさのみち
ジャンル:紀行文

内容
京都・紫野の地に建つ大徳寺。花園上皇、後醍醐天皇、大燈国師、一休宗純、小堀遠州と縁深い臨済宗大本山の山内にある、二十余の塔頭を経めぐる歴史散策。
全国四万余の八幡神社の故郷・宇佐八幡の杜をたずねて古代に思いを馳せ、福沢諭吉が生まれた海に臨む城下町・中津を歩く。

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"街道をゆく (34) 大徳寺散歩、中津・宇佐のみち"のレビュー

(評価:5)
禅のみち
レビュアー: shiba-ryo
2010-05-18
大徳寺編。
大徳寺は臨済宗、つまり禅宗の総本山。

禅というと哲学的で小難しく、常人には縁のないもの、という印象だった。
というか禅についてほとんど何も知らなかったが、本編を読んで禅の基本的な知識やその歴史的・文化的な影響を学ぶことができ、かなり読み応えのある編だった。
禅は茶道や能、絵画、料理やもてなし、わびさびの感覚など、室町にはじまる日本の精神文化の大本であり、いまでも日本人の美的感覚や精神に深く根付いているものだと知った。

また同時代にひろく庶民に受け入れられた念仏に対し、自律的・自戒的な禅は商人や芸術家、武士といった職業人に強く支持されたという点もおもしろい。個人的な印象だが、すべてを神にゆだねる念仏はカトリック、自己を高めて解脱を目指す禅はプロテスタント、に、それぞれ似ていると思った。


宇佐・中津編。
全国8000社といわれる八幡神社の総本社、宇佐神宮にはじまって、福沢諭吉の故郷、中津をゆく紀行。
平安の弓削道鏡に和気清麻呂、戦国の黒田官兵衛に細川忠興、そして幕末の福沢諭吉。歴史の節目ごとに人物が出ており、その彼らの事蹟を辿っている。

ちなみに細川忠興はどちらの編にも登場する。主に大徳寺編では文化人として、宇佐・中津編では領主として描かれており、忠興という人の懐の深さを感じた。


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